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カテゴリー: ジャーナリスト

竹田圭吾

takedakeigo

亡くなるまで

竹田 圭吾(たけだ けいご、1964年12月30日 – 2016年1月10日)は、日本のジャーナリスト。2001年から2010年まで『ニューズウィーク日本版』編集長を務めた。
ウィキペディア

2015年9月、コメンテーターとして出演する番組で、自らががん治療中でかつらを着用していることを告白した。その後も治療を続けながらも、精力的に活動していたが、どんどん痩せていく外見にネット上では心配する声が多くなっていたが、2016年1月に体調不良で、自身のレギュラー番組を休養することをアナウンスした直後に死去。

  • 没日:2016年1月10日
  • 享年:51歳
  • 死因:膵臓癌

最期の投稿

ブログ・SNS 最終投稿日
Twitter 2015年12月24日
竹田圭吾blog.
魚拓
2015年4月20日

自身のブログは、病気を発表する前に書かれたもので、統一地方選に関する内容。しかし、自身のTwitterでは、無くなる直前の12月下旬まで頻繁にアップしていた。

後藤謙二

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亡くなるまで

後藤 健二は、日本のフリーランスジャーナリスト。
ウィキペディア

ジャーナリストとして、シリアに入国。戦場の状況を報道ステーションなどのテレビ局を含む様々なメディに向けてレポートをしていた。10月25日を最後に行方不明になり、11月1日にガイドに裏切られ武装グループに拉致されたと知人に電話していた。その後、武装グループから2億円の身代金の要求もあったが、交渉はうまくいかず、2月1日に武装グループにより殺害され、その動画がネット上に公開された。

  • 没日:2015年1月30日
  • 享年:47歳
  • 死因:他殺

最期の投稿

ブログ・SNS 最終投稿日
Twitter       (魚拓) 2014年10月23日

Twitter上の最後のメッセージは、10月23日。行方不明になる2日前。以前からTwiterを使って現地の情報をレポートしていた。事件当初は、シリアに入国したことへの批判が多かったが、後藤氏のそれまでの活動が広まるに連れて、その批判も薄れていった。