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カテゴリー: スポーツ選手

木村花

亡くなるまで

木村 花は、日本の女子プロレスラー。スターダムに所属し、芸能活動においてはWALKに所属した。母は元女子プロレスラーの木村響子。実父はインドネシア人。
ウィキペディア

出演していたテレビ番組の内容において、SNS上で批判や誹謗中傷を書かれていたことが、原因と言われている。特に5月18日に放送された内容から、その数は増加した。なお、この放送は、Netflixでは、3月31日に放送されており、4月には本人もインタビューでその内容をコメントしている

2020年5月23日未明、連絡が取れないことを不審に思った母の響子が江東区の自宅マンションを訪ねたところ、ベッドに心肺停止の状態で倒れているのを発見。午前3時過ぎに病院へ救急搬送されたが、死亡が確認された。22歳没。自宅リビングに手書きの遺書と見られるものが見つかったことや硫化水素を発生させたとみられる薬剤の容器が見つかったことから自殺を図ったと見られている。

亡くなる前に、可愛がっていた子猫を、事務所の前に置いてあとを託しておくなど、突発的な行動ではなかったと思われる。

  • 没日:2020年5月23日
  • 享年:22歳
  • 死因:自殺

最期の投稿

ブログ・SNS 最終投稿日
Youtube 2020年5月19日
Instagram 2020年5月23日
Twitter 2020年5月23日 2:53

スターダムのSNS推進部長として、公式動画(Zoom)への登場が5月19日。SNSで誹謗中傷が増加した翌日のこと。
しかし、動画の中では本人は笑顔で会話をしており、自殺をほのめかす言動は感じられない。
動画に対するコメントで本人を抽象するコメントがあったとのことだが、実際見てみると、約900コメントあるうちの5つほどで、動画の進行には全く影響は感じられない。
この動画の中で、TCSのメンバー達で1週間SNSに投稿を続けて、フォロワーを増やそうという企画が発表された。本人は「SNS苦手だけどがんばります」という言葉も発していたが、1週間が経つ前に悲劇が起こることになるとは。

最後の投稿は、InstagramとTwitterへのほぼ同時刻の投稿。
午前3時過ぎに病院に運ばれていることから、亡くなる直前の投稿と思われる。
Instagramに書かれたメッセージは、飼い猫に向けられたものだろうか。

削除された投稿

Twitterでは、5月21日に、以下の投稿を行っており、精神が不安定な状態が、見て取れる。

しかし、死の直前の23日3時過ぎに投稿があったかことが知られている。そこにはSNSからの誹謗中傷に苦しんでいること。そして、自死をほのめかす内容、画像だった。
そのため、発見が早かったが、既に本人は旅立った後であった。

TCSメンバーの反応

木村花が立ち上げたユニットTCSのメンバーから追悼の投稿がなされた。

ジャングル叫女
盟友のジャングル叫女がTwitterに投稿を行う。
その内容から、以前から精神的に不安定だったことが推測される。

6月3日 にもブログでも故人に追悼の投稿を行う。

小波

ルアカ

吏南(RINA)

DETH山(米山香織)

なお、2020年10月3日に木村花が作ったユニット TCSは解散することになる

その後

6月6日
スターダムから、故人を追悼する特集動画がアップされた。
プロレスラーとしての故人の才能を感じさせる。

6月21日
コロナのために中止が続いていた興行が、ファンクラブ会員限定の特別興行として再開される。
その喜ばしいはずの興行の冒頭、彼女への追悼のテンカウントが場内に鳴り響いた。

そして、この事件がきっかけとなり、ネット上に投稿した個人を特定するための手続きを記した法律、通称「プロバイダ責任制限法」の改正の動きが盛んになる。彼女の死は人々を動かし、国を動かすことになった。

青木篤志

亡くなるまで

青木 篤志は、日本のプロレスラー。プロレスリング・ノアでデビューし、その後全日本プロセスに入団。元自衛官。東京都大田区出身。
ウィキペディア

2019年5月20日世界ジュニアヘビー級チャンピオンとなり、防衛戦を控えていたが、交通事故で死去。

  • 没日: 2019年6月3日
  • 享年:41歳
  • 死因:交通事故

最期の投稿

ブログ・SNS 最終投稿日
Twitter 2019年6月2日

2019年6月2日神戸での試合から、帰ってきたのが最後のツイートとなった。
この翌日バイクで高速道路で事故に遭い帰らぬ人となる。

8月11日に故人の追悼大会が行われた。
そこには、本来全日とは交流のないNOAHの選手が参戦。団体の枠を越えたカードが発表され、ファン達も盛り上がった。
故人の死が、本来交わることのない団体を繋げたのを、天国から見て喜んでいるに違いない。

Ray(プロレスラー)

亡くなるまで

Rayは、日本の女子プロレスラー。 我闘姑娘生え抜き第1号だったが2007年3月18日の息吹興行でエスオベーションへの移籍を発表して同時にリングネームを「零」から改名。2011年3月よりアイスリボン所属。2012年5月より再びフリー。
ウィキペディア

2016年2月に記者会見と公式ブログで、「グレード3の脳腫瘍」であり、「腫瘍が視神経にかかっていて手術はできない」「10万人に1人という病気に、なぜ私がならなければという想いはありました」と公表された。
しかし、その後も前向きに闘病活動を公開し、それをサポートするための活動「Ray AID」も開催された。2016年5月退院し、引き続き闘病生活を送るも、死去。

  • 没日:2018年8月30日
  • 享年:26歳
  • 死因:脳腫瘍

最期の投稿

ブログ・SNS 最終投稿日
アメブロ       (魚拓) 2016年5月26日
Twitter 2016年12月25日

ブログとTwitterを使用しており、ブログの最期の退院時の書き込みは退院を報告するものだった。
ブログの最期には、

また、近々試合会場では勿論の事、アクション体操教室等で、皆さんとお会いできる日を楽しみにしています❗❗
ブログも頑張って書くよ~(^▽^)

との書き込みもあったが、実際は更新されることはなかった。

そして、Twitterでは、ほぼ自身のメッセージを発信せず、リツイートをするのみであったが、最期の投稿では、自身の誕生日にもらったプレゼントの画像をメッセージなしで投稿していた。

死後、仲間たちにより追悼興行が行われた。
Ray選手の等身大マネキンも用意され、仲間たちとの最期の集合写真が撮影された。